『オタクと呼ばれる人たちには、作品全体よりもキャラクターが
関心の対象になりやすい。
好きなキャラクターを自分の意のままに描き、
動かしたい-という思いが(二次創作の)原動力となり、
同人誌のほとんどを占めるようになってしまった』
ドラえもんの最終話を描いた同人誌が問題になった件についての記事、
【知はうごく】「模倣が生む才能」著作権攻防(6)-3
の中での夏目房之介さんの言葉です。
この記事の元となったドラえもんの最終話については、
昨年から話題になっていたのですが、
ドラえもんがあまり好きではない僕が見ても作品の出来は素晴らしく、
作品への愛情が感じられるものでした。
だから許せという事ではなく、今回触れたいのは
同人誌からリスペクトが感じられなくなったという点で、
夏目さんの言葉が引っかかったからでした。
06年の夏コミを振り返るエントリで
(参照・http://fake.blog.shinobi.jp/Entry/402/)
「同人というのはキャラを使った遊びでも有るのですが、
自分達の都合良いようにしか動かしていない
作品ばかりに感じられてしまって……。」
と書いたのですが、キャラクターを動かす事だけに注力し、
作品へのリスペクトが感じられない作品が増えている……
その傾向が段々進んでいるように思えます。
好きなキャラクターが原作で自分の思い通りに動かなかったら、
全体の流れを見ずに批判する人も多いし……
そういうキャラばかりにしか目が行っていない意見を見ると
少し哀しく感じるのは僕だけですか?
キャラクターを自分好みに動かすのも良いですけど、
作品本体にリスペクトが感じられる
パロディで無くオマージュとなる作品……
そんな創作作品がもっと読みたいです。

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