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鎧屋通信

サークル名変更に伴いblog名も変更しました。NFLの話題が中心。 自転車ロード・デカスロン・バイアスロン・ダーツにも言及。


HOME[PR]感想・雑談真面目な話(介護について)
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無題
一昨日祖母のお見舞いに行ってきたところだったので、物凄く身近に感じられます。
介護は大変です。ほんの一時一緒に居ただけなのに、居たたまれなくなって早々に病室を後にしてしまいました。そんな自分を恥ずかしく思いつつも、もし将来、身の回りの事を自分で出来なくなったら、周りに迷惑かける前に、すっきり逝きたいな、と思ってしまいました。
でも、周りにとっては失うことの方が大きいかもしれませんね。お葬式の、あの何ともいえない悲しさと、一生分の涙かと思うくらい泣けてくるのは出来れば体験したくないことです。
ので、私は回りに迷惑かける位なら延命措置なしに死にたいのですが、見送る側としては、本人の意思に任せつつ、めいいっぱい死を悼みたいですね。
難しい問題です
介護というのは肉体労働であると同時に
精神的な疲労が蓄積しやすいものなので大変だと思います。
エントリ内でも書きましたが、介護疲れによる事件を見ると、
何とかならないものかと思いながらも、
仕方ないのかという気持ちも湧いて複雑な気持ちになります。
お見舞いというのも対象の方の事も気遣わねばならないので
居たたまれなくなるというのも分かります。

自分も、自分である状態のまま逝きたいです。
尊厳死は難しい問題ですけど、その状況がいつ来るとも
分かりませんから、考える事が大事だと思っています。
周りにとっては失うことが大きい事だと思いますが、
「(亡くなっても)もう泣けないかも」
なんて言葉を聞いてしまっているだけに、
長い間介護をしている人は複雑な気持ちかもしれません。
介護をしていなければ素直に冥福を祈れるのでしょうけど……。

シビアな問題を取り上げたエントリだったので
反応していただけた事が嬉しいです。
竹さん、コメントありがとうございました。
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